チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷 − ルネサンス著作集3

チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」第二部 剣を読了しました。
この作品の山場はやっぱり第二部かなと思います。チェーザレ・ボルジアが「優雅なる冷酷」に相応しい行動をしたのは,この第2部の時期ですからね。マキアヴェッリとのやりとりや,レオナルドとの関係,そしてロマーニャ地方の攻略とマジョーネの反乱への対処,これらすべてが「優雅なる」に相応しいと思います。「冷酷」はマキアヴェッリのプリンチペにつながっていくわけで,と言っても,プリンチペの「冷酷」は前に注釈がいる冷酷だと考えます。
 これから第3部に入っていくと,「冷酷」はチェーザレがする側ではなく,受ける側になります。それも「優雅なる」ではない「冷酷」を。この第3部に入っていくと,やっぱり読んでいてももの悲しいですね。


 六月二十四日の夜遅く,二人のフィレンツェ特使は,チェーザレからの最初の会談の通知を受けて,ウルビーノ城の一室で待っていた。その城を,チェーザレは数人の側近や親衛隊とともに宿舎に使用していた。彼ら二人は,いつもの官服すらも着けていなかった。到着したばかりでその暇もなかったのだ。しばらく待たされた後,ようやくチェーザレが姿を現した。黒いビロードの足許まで届く長衣を身に着けていた。彼ら二人が,型通りの外交辞令をのべようとするのをさえぎったチェーザレの口調は,はじめから厳しく明確だった。彼は,前年の五月に調印した協定を守ろうとしないフィレンツェの態度を非難し,このような処遇を自分は今までに受けたことはないといった。続けて,
「もしフィレンツェが自分を友人として望むならばよし,もしそれをしないならば,この瞬間から,フィレンツェ国境に接する自分の領土の安全と充実に真剣に対処せねばならず,そのために起こることについての配慮も,当然減少するものと思われたい」
 これに対して二人の特使は,共和国政府は常に公爵との間に友好関係を得ようと努めているといって,彼の非難をかわそうと試みた。部屋に一つだけ置かれている燭台の火が,ななめ後ろからさす中で,チェーザレの眼が,一瞬キラリと光った。
「私は,あなた方からの信頼を欲している。もしこれに応えてくれるならば,あなた方の問題すべては私の協力を得るであろう。だがもし応えない場合は,私の方は,危険におちいらないためにも,あなた方の国から自分を守るためにも,攻略作戦を続けていくことを強いられるわけだ。あなた方の国が,私を良く思っていないことは知りすぎるほど知っている。それどころか,私を殺人者とののしっていることも」
 特使二人が声も出ないうちに,チェーザレは皮肉気に言った。
「あなた方が,慎重で経験も深いことはよく承知している。しかし,私は一言で言おう。あなた方の政府は嫌いだ。信用ができない。変える必要がある」
 二人は驚いてチェーザレの顔を見つめた。こんなことはフランス王さえも言ったことがなかったのである。さらにチェーザレは続けた。声はずっと厳しく強くなっていた。
「政府は変えるべきだ。いずれにしても,あなた方の政府が約束したことは守ってもらいたい。さもなければあなた方は,私がこのやり方に我慢がならないと言うことを,早急に知らされることになろう。要するに,友人の私を欲しいか,それとも敵の私を欲しいかなのだ」